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『君がいい。』

 

 

「え、えぇっと…。どうして、俺はこんなところに…。というか、ここはいったい、どこだ?」

俺、リィン・シュバルツァーは目が覚めるとみたことがない部屋にいた。

「えっと・・・。」

そう言って、体を起こし、周りを見回すリィン。
「(あまりにも豪華な部屋。実家では見たことないな…。うん?あの紋章って…。)」

部屋の中にあったペガサスをシンボルにしてある紋章を見て、「えっ」と焦り出すリィン。
「(-えっと、この家紋は…、も、もしかして…。)」


「目が覚めたようだね。リィン・シュバルツァー君。」

そう言って、リィンが通うト―ルズ士官学院の3人の理事長の一人であり、同じ特科クラスⅦ組のクラスメイト、ユーシス・アルバレアの兄でもあるルーファス・アルバレアが部屋に入ってきた。

「ル、ルーファスさん…。」
「やぁ。元気そうで何よりだよ。」

と言いながらにこにことしているルーファス。
リィンは何が起こってこうなったのかとこれまでのことを思い出していた。

 

「(そうだ…。あの時…。)」

ちょうと授業が終わり、Ⅶ組のメンバー達がクラブへ向かった後、リィンは一人、喫茶店の≪キルシェ≫へ向かっていた。

「うーん。皆が戻ってこない間に今日の授業の復習をしてよう…。軍事学もどんどん内容が難しくなってきたからな…。」

明日は休みだから勉強は明日でも良かったけど、今日の内に勉強して、ユーシスやマキアスにもわからないところを見てもらっておこうと思いキルシェに向かう。

「(あ、ここでいいかな…。)」
外のテラスの空いてる席に座ろうとすると、先客がいることに気付く。

「え…。あ、貴方は…。ルーファスさん…。」
「…やあ。久しぶりだね。」

ユーシスのお兄さんが何故ここにいるのだろうかと思ったが、ここはト―ルズ士官学院のすぐそばだ。常任理事の一人でもある彼がここにいてもおかしくはない…。のだが…。

「ルーファスさん、なぜここに…?」

リィンは、そう聞かないわけにはいかなかった。いくらトリスタが落ち着いているところとはいえ、4大名門の一つ、アルバレア家の次期当主がこんなところにいてもいいのかとか思ったのもある。

「(…これは、なんだか、ものすごい違和感があるんだが…。)あ、もしかして、ユーシスを待っているんですか…?彼なら今…。」

「いや、今日は弟に用があるというわけではないんだ。」

「?では、一体…。」

「リィン君。君と少し話をしたいのだが、時間は大丈夫かい?」

「あ、はい。」

 

そうだ。それで、明日が休みだっていうこととか話した後、いったんカバンを部屋に置いて来た後にルーファスさんのところへ向かったら・・・。

「いろいろ思いだしてきたみたいだね。」

「・・・・・・いきなりで驚きました。まさかいきなり気絶させらるなんて…。」
そう、自室に荷物を置いていったん外へ出たら、リムジンの前で待つルーファスさんを見つけた。荷物を置いて来たのと、ここで話すのもなんだったから、「良かったら第3学生寮の中で話をどうか」と聞こうとした時、いきなり後ろから気絶させられたのだった。そして、つい先ほど目が覚めたということだ。外はもうすでに暗い。今からトリスタに今日中に戻るのは正直難しいだろう。

…この状況は、どうみても『良い状況』とは言えないのではないだろうかと思う。

「(それにしても、俺も随分油断してたんだな…。)」
そう思っていると、俺が気絶させられたときにも怪我をしたのかと思ったルーファスさんが「大丈夫か」と声をかけてきた。

「あ、いえ。大丈夫です…。ただ、自分もかなり油断をしていたなと…。…これは、老師に聞かれたら叱られる内容が増えるな…。」
「そうか・・・。…うん?老師と言うと、『八葉一刀流』の…。」
「えぇ。ユン老師です。やはり、ルーファスさんも御存じなんですね。」
「当然、老師のことは存じている。ただ、私は会ったことは無いがね。」
「そうなんですか…。」

ルーファスさんは一旦、黙ると、
「リィン君。先ほどは手荒な真似をしてすまなかった。…どうしても、…君と2人で話をしたいと思ってね。」

「え…。」

 


一方、その頃、トリスタでは。

リィンが食事に姿を見せないことに疑問を感じたメンバー達が、口々に帰りが遅いと言い始めていたところで、まだ何も知らない状況だった。

「リィン、遅いね~。」
「お腹空いた…。先に食べちゃおうよ…。」
と、ミリアムとフィー。
「僕、リィンを呼んでくるね。」
「俺も行こう。」
と、席を立つエリオットとガイウス。
「まったく、何をしているんだアイツは。」
「うーん。どうしたんだろうな。」
とユーシスとマキアス。
「鍛錬でもしているのだろうか?」
「ラウラさんのように集中していて気付かないとか…。」
「うーん。でもなぁ、アイツはそういうとこはきちっとしてっから、俺達が移動すりゃ気付くだろ。」
と、エマ・ラウラ・クロウ。
そこへ、エリオットとガイウスが戻ってくる。
「リィン、居ないよ?」
「荷物は置いてあったが…。」
「えぇっ!?リィンがいないっ!?ちょ、ちょっとシャロン!?それはどういうことなの!?」
「わ、私は何も伺っておりませんが…。」
と、アリサとシャロン。

「俺はこのまま外を見て来よう。」
と、外へ向かうガイウス。
「私も行こう。」
ラウラも立ち上がりガイウスの後を追う。

「しゃーね、俺も行くか。」
「ならば、俺も行こう。」
と、一緒に立ちあがるクロウとユーシス。
「待て、僕達も行こう。」
「うん。もしかしたら学院の方に行ったのかも…。」
とエリオットとマキアスも立ち上がり、玄関へ向かう。

「エマ、私達も…。」
「はい!」
エマとアリサが立ちあがろうとするが、
「2人ともちょっと待ってくれ。…もしかしたらリィンが戻ってくるか、…または連絡があるかもしれない。2人はここで待っててくれないか?」
と、マキアスに止められる。

「皆への連絡役ね。」
「わかりました。」
「じゃあ、頼むぞ。」
「ええ!」
「お願いします」
そう言って、玄関から駆け出して行くマキアスとエリオット。

見送ったアリサは、「そういえば貴女達は…」と、年少組を見る。
フィーとミリアムは、
「もぐもぐ。」
「おいしー!」
「「・・・・・・」」
と、ご飯を食べていたのであった。

「あ。お嬢様、そう言えば…」
「何!? シャロン、何か思い出したの!?」
アリサがシャロンに飛びつく。
「はい。リィン様がお戻りになられた後、すぐに外へ出て行かれました。確か、どなたか待ち合わせがあるようなことをおっしゃっていたかと…。」

「えっ!?」

「ふぁへと?(誰と?)」

「ほんはのひほー?(おんなのひとー?)」
と、アリサ、フィー、ミリアムの反応。

「フィーちゃん、ミリアムちゃん、ちゃんと呑みこんでからにしましょうね…。」

「(ごくん。)ねぇ、誰とって、リィンは言ってたの?」
「(ごっくん。)おんなのひとなの?」
「さすがに、そこまでは…、あ。そう言えば、先ほど、買い物へ出掛けた時に、お店で…。」
「って、なんで、世間話になるのよっ!?」
「ま、まぁまぁアリサさん。シャ、シャロンさん、続きをお願いします…。」
一刻も早く情報が欲しくてシャロンに喰ってかかろうとするアリサをエマがなだめる。
「はい…。実は、アルバレア家の方がキルシェにいらしたと伺いまして…。」

「へ。」
「ユーシスさんの…。」
「…あのお兄さん、かな…?」
「えっ、ど、どうして…?」

「…さぁ、私も、流石にそこまでは…。」

と、シャロンと一緒に、皆で首をかしげる5人だった。

 


「エリオット、サラ教官たちのところへ行って聞いてみよう。」
「うん。そうだね。」
さっき、トリスタ市街でリィンを探すユーシスとクロウを見かけた。
2人に聞くと、ラウラとガイウスは学院の方へ向かったと聞いたので、ラウラ達に確認したところ、「2人は本校舎内を探してほしい。」と言われたとろろだ。

本校舎1階。
受付嬢のビアンカがまだいたので、リィンを見ていないか聞いてみたところ、もうすでに帰っていて、その後は見ていないと言われたマキアス達。そして、「今日は、マキアスさんのお父様はいらしていないんですね?」と、言われたマキアス。

そして、職員室でサラ教官を見つけ、リィンがまだ戻ってきていないことを話す。

「えぇっ!?うーん。そう言われてもねぇ…。私は知らないわよ…。」
「てっきりサラ教官が何かリィンに頼んだのかと思ったので、聞いてみたんですけど…。」
サラの言葉に返すエリオット。

「・・・それって、私がリィンをパシリにしてるって言いたいのかしら…?」
「事実でしょう…。」

「~~~…。そ、それはともかく、私は知らないわよ?…あ、旧校舎にいるんじゃないの?それか技術棟。」

サラは、このままでは自分が危ないと判断したのか、旧校舎か技術棟に居るのではと言う。

「そういえば、まだ、見てないね…。」
「あぁ。行ってみるか。」
「私も、もうちょっとで仕事終わるから、そうしたら、探すの手伝うわ。」

「「・・・」」
サラ教官の言葉に「えっ?」と、見つめる2人。

「な、何よ!?その胡乱気な表情は!?」
「え、えーっと、よろしくお願いします。」


「「(だって、そう言って、実際にやったことって、ほとんどないじゃないか…。)」」
と、心の中で突っ込みを入れることにした。


「全くもう。…あ、ところで、マキアス。知事閣下は今日はいらしてないのね?」
「…?えぇ、そうみたいですね…。って、どうしてサラ教官まで聞いてくるんですか…?」
「そういえば、さっき受付のビアンカさんにもそう言われたね…。」
「あら?そうなの?さっき、ユーシスのお兄さん、ルーファスさんがいらしてたから、てっきりマキアスのお父様もいらしたのかと思ったんだけど…。」
「え。」
「ユーシスのお兄さんが…?」
サラ教官の言葉に首をかしげる2人。そして、その2人の態度に首をかしげることとなったサラ教官だった。

 

 

「全く、どこに行ったのだ、リィンは?」
「ほとんどの場所を見たが、いなかったな…。」
「うん。そだね。」
と、ラウラとガイウス。そして、その2人に合流したフィーの3人は、学生会館の前にいた。

「後は、ここ?」
と、学生会館を見るフィー。
「あぁ。それから、旧校舎だな…。」
とガイウス。
そこへ、
「あれ?Ⅶ組の皆…。どうしたの?こんな時間に?」
と、生徒会長のトワが現れる。
「会長。あ、リィンを見かけませんでしたか?」
トワに訊ねるラウラ。聞かれたトワは「へ?リィン君?見てないけど?どうかしたの?」と、返す。
「む。これだと…。」
と、フィー。
「あぁ。旧校舎にも向かわなければならなくなったな…。」
フィーの言葉の後を継ぐガイウス。

「え。リィン君が、どうかしたの?」
と、心配そうなトワ。
「あ、いえ、いつもの時間に顔を見せなくて部屋を見てもいなかったので外を手分けして探しているんです。」
説明するラウラ。その説明により心配そうな顔をするトワ。
「え…。」

「大丈夫。リィンなら心配は無いよ。ちゃんと私たちが見つけるから。」
と、トワを安心させようとするフィー。

「はい。…ハーシェル会長、という訳で私たちはこれで失礼します。」
とラウラは言って、旧校舎の方へ駆けだす。その後に続くフィー。

「失礼します。」
と言ってガイウスも続く。


「あ!み、皆!こ、これから旧校舎に行くのっ!?」
と、トワは叫ぶが3人にはもう聞こえてなかった。

 

 

「うーん。全然見あたんねぇな…。」
「俺達も学院の方を手伝ったほうがいいのか…?」
こちらはクロウとユーシス。一通りトリスタ市街を探し、公園にいた。そこへ、アリサがやってくる。
「2人とも、ここにいたのね。」
「…アリサ。そっちは…。」
「寮にいたんだけど、こっちの応援に出てきたの。寮にはエマとシャロンが残っているわ。」
「チビッ子たちはどうしたんだ?」
「フィーは、ラウラ達のほうへ合流。ミリアムはエリオット達に合流したって連絡が来たわ。で、私は貴方達のところへ来たわけ。」
と説明するアリサ。そして、
「ねぇ、ユーシス。」
と、ユーシスへ向き直る。
「なんだ?急に。」
「お、なんだなんだ、あいつがいない間に告白か?」
「・・・あのね。そんなわけないでしょ?…はぁ。全く。・・・…ところでユーシス、貴方今日お兄さんに会った?」
「兄上に?」
「アルバレアの次期当主か?あー、確かおまえ(アリサ)のお袋さんと同じ、理事長の一人の…。」
「えぇ。」
「いや、会っていないが…。」
「そう…。うーん。」
と、考えるアリサ。
「なんだ、兄上がどうかしたのか?」
「あのね、シャロンに聞いたのだけど、ルーファスさんがキルシェにいらしたそうなのよ・・・。」
「キルシェに?」
「えぇ。そうしたら、そこにちょうどリィンが通りかかったのを見たって人が…。」
「それで…。」

ピピピピピピピピ

「うん?悪いな、俺のだ。」
と、ARCUSを取りだすクロウ。アリサとユーシスが「早く出ろ、そして終わらせろ」という目線を送る。「へいへい」と言いながら出るクロウ。

「もしもし、…おー。トワか。どうしたって、はぁ?旧校舎だ?どうして…、あ、あいつら…。」
話の相手はトワ会長からのようだった。

「きゅ、旧校舎って、まさか…。」
「もし、本当にあそこに居るのだとすると、探すのに相当時間がかかるぞ…。」
「でも、旧校舎内だとすると人手が…。」
と、クロウの断片的な会話を聞きながら話すアリサとユーシス。

そこへ、
「あれ、ユーシスさんに、アリサさん…?」
と、声をかけてくる人がいた。
「あら、あなたは≪ブランドン商会≫のティゼルちゃんね…。」
「は、はい…。あの、さっきの緑の車って、ユーシスさんの…。」
「緑の車?」
「は、はい。ユーシスさんにすごっく似てるかっこいいお兄さんが、乗っていましたけど、ユーシスさんのお兄さんですか…?」
「それって…。」
「あぁ。兄上だろう…。だが何故?」
と、顔を見合わせるアリサとユーシス。ティゼルは、
「ユーシスさんのお兄さんなんですね!あ、でもだったらどうしてリィンさんが一緒に…。」
と2人が驚くことを言ったのだった。

「えっ。」
「おい、ティゼル。すまないが、詳しく話してくれ。」
と、アリサとユーシスがティゼルからの話を聞く一方で、クロウはアリサとユーシスの方を確認しながら、トワから驚く話を聞いていた。

「…あ?…おい、トワ。悪いが、もう一回言ってくれ…。」
「あ、あのね…。さっきトリスタへ買い物があって出掛けた時に…。」
「…前置きはいいから、その後を簡潔に頼む。」
「う、うん。ユーシス君のお兄さんがリィン君と一緒に第3学生寮の方へ歩いているのを見かけたの。…その後は私もお店に入っちゃったから見てないけど…。出てきた時にはもう誰もいなかったから、もしかしたらリィン君・・・。」
「わかった。わりぃが、トワ、通信切るぞ。」
「え、あ、ク、クロウ君…!ちょっ…。」

クロウは話の途中で通信を切る。
「(チッ。そういうことかよ。…最悪だ、アルバレアんとこの長男かよ…。)…おい、2人とも…。」
と、言って、アリサとユーシスを見る。
2人もティゼルから話を聞き終わったようで、ティゼルを店へ帰しているところだった。

ティゼルを見送り、3人が向き直る。

「ユーシスのお兄さんが、どうしてリィンを…?で、でも、ユーシスのお兄さんと一緒だとしたら大丈夫じゃないかしら…?」
と、アリサ。
「・・・・。」
だが、ユーシスは黙っている。
「おい、どうする?」

「わ、私はとりあえずエマに伝えてくるわ。」
「わかった。頼むぞ。」
「えぇ。」
と言って、第3学生寮へ向かうアリサ。

「おい、ユーシス坊や。どうしたんだ?まさか、お前の兄貴と一緒とはな…。まぁ、わかればアイツも無事だろ…。」
と、アリサを見送り、ユーシスを見るクロウ。そしてARCUSを取りだす。
「あいつらにも連絡しねぇと…。」

ピピピピピピピピッ

「うん?」
クロウは自分のARCUSを見るが、自分のが鳴っているわけではない。…だとすると…。

「…もしもし。」
ユーシスは鳴っていたARCUSを取りだし、通信に応じる。

「やぁ、弟よ。元気だったかい?」

「兄上…。」
ユーシスにかかってきた通信は、兄、ルーファス・アルバレアからだった。

 

 


その頃のリィンは・・・・。
公都バリアハート・アルバレア公爵家。その中の客間のソファーに座っていた。

「やぁ、弟よ。元気だったかい?」
と、リィンのARCUSを使い、リィンの目の前でユーシスに連絡するルーファス。

「・・・。あ、あの…、ルーファスさん…。」
とりあえず、自分が今の状況を説明した方がいいだろうと思い、自分が通信を代わることを伝えるが、ルーファスは首を振る。
「(こ、これって、いろいろまずくなる状況なんじゃ…。)」
と、リィンはⅦ組のメンバーを考える。エマやエリオットなどが相手だったら、まだいいかもしれないが、今、ルーファスがかけている彼の弟は、実は意外と怒りやすかったりするのだ。しかも、そこにもしアリサなんかがいたら…。
と、リィンが思っている間に、ルーファスはどんどん会話を進めている。しかも、リィンも内容がわかるようにスピーカーモードで、だ。

「今日はト―ルズに用があってそちらに向かったのだが、会えなくて残念だったよ。」
「そうですか。先ほど兄上がいらしていたと、俺も聞いたところです。」
「ふふ。そうか。」
「ところで、兄上、なぜARCUSに連絡をしてきていらっしゃるのですか?兄上は…」
「君の級友から借りているよ。」
「…!!・・・なぜ、リィンの物を…。」
「それは・・・。今、彼にも共にバリアハートへ来てもらったからだが?」
「あ、兄上っ!?…なぜ、彼を…一体、俺達がどれだけ探したと…」

どうやら、俺がいないことで、皆に迷惑をかけてしまっているらしい…。

「大丈夫。用が済めばちゃんと彼をそちらへ送るよ。」

さっきから、『用』と言っているけど、一体なんなんだろう…。

「なっ、兄上!それでは…。」
「明日は休みなのだろう?だったら明後日の朝までにはちゃんと送るから、安心するがいい。」

「兄上っ!そういう問題ではっ!」
「ふふっ。・・・・どうやら、私に彼を盗られたくないのかな?」

「なっ!?」 「えっ!?」

ARCUS越しのユーシスの声と、リィンの声が重なる。

「あ、あの、ルーファスさん…。そろそろ…。」
と、リィンがこれ以上ユーシスを刺激するようなことは避けようと考え、ルーファスからARCUSを取ろうと動く、
「…あぁ、すまないね。リィン君。」
と、言うなり腕を引っ張られ、ルーファスに抱き留められる格好になるリィン。その拍子に「うわっ!」という小さいが情けない声を出してしまったのだが、どうやらそれはユーシスに聞こえてしまったらしい。それにプラスで、ルーファスがリィンの耳元で「大丈夫かい?」と尋ねるのも、ばっちりユーシスに聞こえるように言っていた。

「リィンっ!……兄上っ!」

珍しく、ユーシスのうろたえる声が聞こえる。
そんなユーシスの声を聞いて、ルーファスは満足したかのように微笑み、そしてリィンが起き上がれるように支える。

「言っただろう?彼のことなら心配いらないと。…、おやおや、切れてしまったようだね。」
と、リィンが無事に起き上がったのを確認してから通信の切れてしまった(一方に切られた)ARCUSを見る。

「あ、あの…。」
気まずそうなリィン。無理もない。あまり刺激しないようにしようとした結果、かえってユーシスを刺激してしまったのだから…。

…実はこの時、トリスタでこのやり取りを聞いていたのは、ユーシスだけでなく側にはクロウもいた。

「まずは、君にこれを返そう。」
「あ、ありがとうございます。」
と、ARCUSをルーファスから返してもらうリィン。

どこか落ち着かないという感じで部屋を見回す。
「(風が、通ってる…?)」

「うん?気付いたかな?」
ルーファスはこちらを見る。
「え、えぇ…。隠し通路ですか…?」
「あぁ、そうだよ。因みに向こう側の会話はこちらに筒抜けになるという面白い仕掛けでね…。」

「(そ、そんな通路、意味があるのか…?)」

「ふふっ。この通路はこちら側が優位になる部屋だからね。要人を守る部屋でもあると言う訳だ。」
「そ、そうなんですか…。」


まさかそんな通路が後で使われるなんて思わず、その話はそこで終わる。


「さて、そろそろ話しに入るとしようか・・・。」
「ほ、本題ですか…。さっきも「用が終われば」と仰ってましたけど、…そうなんですよね…。」
「あぁ。そうだ。」
「それは一体…。」
リィンが言うと、「わかったよ。」と言って、テーブルをはさんで正面にリィンを見据え話し出す。

「リィン・シュバルツァー。君には、将来シュバルツァー家の跡継ぎとして、貴族派に入ってもらいたい。」

「・・・!?」
驚いた。なぜ、そんな話を自分にいきなりしだす必要があるんだ?

「『なぜ』という顔だね。まぁ、無理もないだろうが…。」
ルーファスはリィンの表情を見ながら微笑む。
その表情からは何も見えない。でも、
「…お言葉ですが。俺は、シュバルツァー家を継ぐことを考えておりません。」

「ほう?それはなぜだい?君はシュバルツァー家の『長男』だろう?」
「…俺がシュバルツァー家の『養子』であることは、ルーファスさんも御存じだと思いますが…。」
「あぁ、知っている。」
「・・・だったら…。」
「だが、それが何だと言うんだい?」
「…えっ。」
「テオ・シュバルツァー男爵は素晴らしい息子に恵まれたと私は思っているよ。あの人の元で育つのだからね・・・。」
「(そうか…、ユーシスも言ってたけど、ルーファスさんは父さんを知っているんだよな…。…でも、何故俺に?何が目的で…。…あ…。)…あの、ルーファスさんお聞きしたいことがあるのですが。」
リィンは、思いあたることを聞いてみることにした。

「何だい?」
「シュバルツァー家の話は置いておいて、貴族派などの話は俺ではなく、まずユーシスにするのが筋なのではないかと…。」
と言うリィン。すると、ルーファスは驚いたような顔をする。
「ははは。ユーシスか。まぁ、弟は弟で考えていることがあるようだからね。父が何か言ってきても、私は彼の意志を支えるつもりだよ。ユーシス自身が選べばいいと思う。」
「でしたら、なぜ俺に…。」

ユーシスにはそんな風に思っているのか。だとしたら、何故俺に…。まさか、父さんが頑固で貴族派に賛同しないからか…?だったら、俺ではなく直接父さんのところへ向かうはずだ。

「それは、君自身に私が興味があるからかもしれないね・・・。」

「へ。・・・・・そ、それはシュバルツァー家の人間として仰っているのですか…?」

シュバルツァー家は、男爵という位ではあるが、皇帝家と縁のある家だ。
確かに、そのシュバルツァー家が貴族派についたらと思う人もいるかもしれないけど、シュバルツァー家は、『俺』が来たことで…

リィンが思い詰めたような表情をしているのを見ると、ルーファスは、

「確かに、皇族と縁のあるシュバルツァー家が貴族派にいればと思うことはある。だが、それよりも私は家柄は関係なく、君自身に興味があるんだがね。」

とリィンを見る。

「俺、自身に…。(俺の、『力』のことなのか…?いや、ルーファスさんは知らないはずだ…。)」

リィンは、このままでは自分の力のことをうっかり話してしまうかもしれないと思い、なんとかこの話から内容を変えたくて、話題を変えるネタを探す。

「ふふ。どうしたんだい?」

「あ、あの、そう言えば、アルバレア公は…。」
リィンがなんとか話題を変えようと思って口から出たのは、ルーファスとユーシスの父、アルバレア公だった。

「父上ならば、今はバリアハートにはいないよ。なので、ゆっくりしてもらって構わないよ。」

「え、そ、そうなんですか?」
てっきり、バリアハートにいるのだろうと思っていた。

「父が気になるのかな?」
「あ、いえ…。そう言う訳では…。」
気になると言えば、気になる。ユーシスのことをどう思っているのかとか聞きたいことはある。

「君の父君、シュバルツァー男爵と違って、我が父は息子には興味が無いみたいでね。そういえば、ユーシスにはほとんど私がついたよ。」

そう言われて、ユーシスが剣や学問など、様々なものを彼の兄、目の前にいる人物から教えもらったと言っていたことを思い出す。

「ユーシスも、そう言っていました。自分の剣は貴方から習ったと…。ユーシスの太刀筋を見た時に、信頼している人から教わったんだろうなと思いました。そして、5月の実習の時に初めてルーファスさんにお会いした時に、「この人に習ったんだな」と感じました。」
「そこまでわかるのか。」
ルーファスが感心しているのがわかる。
「まぁ、カンみたいなもので、ですけど…。」
「そうか。…君と話をしていると楽しいものだね。」
「そ、そうですか? ありがとうございます。」

ふとテーブルを見ると、いつの間にかテーブルには紅茶が置いてある。
「(い、いったい、いつの間に…。)」

ルーファスが紅茶を飲むのにつられ、リィンも紅茶のカップを手に取る。

「(へぇ。いい香りだな…。)」

飲んだ瞬間、世界がぐらっと揺れた気がして、そのままリィンは意識を失った。

 

 


その頃の、アリサとエマは・・・。
「エマ!リィンはバリアハートみたいよ!」
と、第3学生寮へ駆け込んでエマを見つけ叫ぶアリサ。
「えぇっ!?ど、どうして…?」
エマはいきなりのアリサに、どう反応してよいかわからない様子だ。
「シャロン、ここはお願い!エマ、一緒に来て!」
「えぇっ!?あ、は、はいっ!」

「はい。畏まりました。」
シャロンは敬愛するお嬢様が級友の腕を引っ張りまた急いで駆けもどって行くのを見送る。


アリサは、エマの腕を掴み、まだ公園にいるはずのユーシスとクロウの元へ走って戻っていた。

「あの、ア、アリサさん!どういうことなんですか…?」
「ちょっと、待って!ちゃんと話すわっ。……って、ユーシス?クロウ?2人ともどうしたのよ…?」
と、公園にいるユーシスとクロウの元へ駆けよるアリサとエマ。
ユーシスの表情はよく見えないが、彼は自分のARCUSを強く握りしめていて、そのユーシスの横のクロウはそんなユーシスのARCUSを怒りとも呼べる表情を浮かべて見つめている。

「あ、あの、お2人とも、どうなさったんですか…?」
おそるおそる訊ねるエマ。

「アリサ。」「エマ。」

「な、なにっ!?」「は、はいっ!」
いきなり2人に名前を呼ばれ驚く2人。

「リィンは、バリアハートの俺の実家にいるそうだ…。」
ユーシスが切りだす。
「え、なんでそこまで…?」
「今、坊やの兄貴から通信があってな…。」
と、説明をするクロウ。だが、その声色は怖い。
「ル、ルーファスさんからですか…?」
「な、内容は!?」
エマとアリサが訊ねると、

「あの野郎…、俺達にケンカ売ってんのか…。」
と、小さな声で言うクロウ。

「…兄上とは言え、このことについては…。」
と、横で何か言うユーシス。

「あ、あの…。」
「と、とにかく、リィンはバリアハートにいるのね?じゃぁ、大丈夫なんじゃ…。」
と、エマとアリサが言うと、

「大丈夫じゃねぇよ!」
「おい、今から行くぞ。」
と、トリスタ駅へ駆けだすユーシスとクロウ。

「へ?ちょ、ちょっと!?こんな時間に行く気なの!?」
「お2人とも、落ち着いて…!」
ユーシスとクロウを止めようとするが、2人はアリサ達の制止を振り切り、駅へ駆けこむ。

「まだ、終電でバリアハートに行ける時間だ!」
「さっさと向かうぞ!」

 

アリサ達が駅へ入った時にはもうすでにユーシス達は改札を通り抜け、ちょうど来ていた導力列車に駆けこんだところだった。

「な、何なのよ!?もう!!」
「で、でも、とりあえず、リィンさんの居場所はわかりましたね…。」
「え、えぇ…。あ!ラウラ達にも連絡をしないとっ!!」
ARCUSを取りだすアリサとエマ。
「あの、アリサさん…、皆さんにお話をする時で構いませんので、説明してくださいね…。」
エマがアリサに苦笑しながら言う。言われたアリサは、
「はぁわぁっ!?ご、ごめんなさいっ!私ったらもう…。わかってる、ちゃんと説明するわ…。」
とエマに頭を下げて謝るのだった。

 

 

その頃のラウラ達は…。
「ふむ。とりあえず、今来れる層の中では一番下の階層まで来たわけだが、結局リィンは見あたらないな…。」
両手剣をしまいながら言うラウラ。
「ん。そうだね。ここは流石にリィンも1人じゃ危ないから来なかったのかな?」
と、ガンブレードをしまいながらラウラに頷くフィー。
「俺達でもなんとかここまで来れたからな…。」
槍を持ち直すガイウス。
3人がいるのは、今の段階で来ることのできる層の一番下の層のエレベーターホールだ。

と、そこへ。
「あー!いたー!」
「ここにいたのか…。」
「よかった~。」
と、ミリアムとマキアス、エリオットの3人がやってくる。
「あ、ミリアム。そっちは?どうだったの?」
ミリアムに聞くフィー。ミリアムは、「ううん。見つからないよ~。もう、ボクくたくただよ~。」返事をするミリアム。
ラウラは、マキアスとエリオットに話す。
「本校舎の方をそなたたちに任せたからな。我らで周りを見ていたんだが、結局見つからなくてな。こうして旧校舎まで来ることとなったわけだ…。そちらはどうだった?」
「僕達の方もダメだよ…。」
「あぁ。リィンもどこへ行ったんだか…。」
「これほど探してもいないとはな…。」
と、マキアス、エリオット、ガイウス。
フィーが、「ん?」と、上を見る。

「?どうした、フィー?」
ラウラがフィーの様子に気付く。

「エレベーターが上に戻った…。誰か来るのかな?」
フィーが上を見ながら答える。

「本当か!?」
「じゃあ、リィン見つかったのかな?」
フィーの「誰か」と言う言葉に、マキアスとエリオットはリィンが見つかったのかと思ったのだが、
「まぁ、そのどちらにせよ、ARCUSで通信が来てもおかしくはないと思うのだが…。…まさか、ここには届かないのか…?」
「そーかも。…うん。やっぱり通じないや…。」
ガイウスの発言に、自分のARCUSを取りだしたミリアムが通信を試すが、旧校舎では届かないことがわかった。

 

「あ、いたわ!」
「みなさん!」
「全くもう、こんなとこまで来て…。」
「良かった。みんなは無事だね…。」
と、エレベーターから降りてきたのは、アリサ、エマ、それにサラ教官とトワ会長だった。
「アリサにエマ…。」
「サラ教官に、ハーシェル会長も…。」

「リィンは見つかったのか…?」
と尋ねるラウラ。
アリサとエマは微妙と言う顔でお互い顔を見合わせる。
「?なんかあったの?」
2人に聞くフィー。フィーに「まぁ、ね。」と答えるアリサ。
「あれ、ユーシスとクロウは?」

「・・・それも含めて、今から説明するわ。」

 


導力列車内。

「・・・・・。」
「・・・・・。」
お互い、黙ったまま向かいあって座るユーシスとクロウ。
2人が今、考えているのは、リィンのこと、そして、

「(お前は)」「(貴様は)」「「(リィンのことをどう思っている?)」」

もう少しでバリアハートにこの導力列車は到着する。

 

 


バリアハート。アルバレア公爵家。

ルーファスは、目の前で規則正しい呼吸をして眠っているリィンを見ていた。

「あの、シュバルツァー男爵が彼を拾って養子にした時は驚いたが、それは彼には良い巡り合わせだったのだろうな…。」

実は、紅茶に睡眠薬をいれていたのだが、彼は私が飲むフリをしていたのにも関わらず、飲んでいると思い、自分も飲んだのだろう。これがもし彼ではなく、弟のユーシスだったら警戒して絶対に手を付けないだろう。

自分にしか心を開かなかった弟が、いつの間にか多くの仲間に囲まれているのを見たときに、彼が弟を変えたのかと思った。
そういえば、最初の頃と違って、手紙の内容が随分柔らかい感じがするとわかったときは、どうしたのかと思った。5月の特別実習でお互いの話をして、わだかまりが無くなったのだろうとその時は思った。


弟の手紙では、彼はⅦ組の中心ではなく、「重心」だという。
彼の態度を見ると、確かにそうだと感じた。彼の出生なども関係しているかもしれない。だが、彼本来の性格もあるのかもしれないとも思った。

「ユーシスがあんな風に変わるとは、ね。…それはやはり、君のおかげなんだろうね。」
と、弟の頭を撫でていたように、リィンの頭を撫でる。

「うぅん…。」
と、リィンが身をよじるが、またすぐに寝息が聞こえる。

「…さて、我が弟は、一体いつ乗り込んでくるのかな?」

「来る・来ない」ではなく、「いつ」来るか。ルーファスは、ユーシスがここに来ることはわかっていた。
弟はこの家を嫌がる。その原因の様な父のアルバレア公は、今いない。

それに、弟が来ると思える確証はある。
今、目の前にいる彼だ。


「…通信の時に、声は出してはいなかったが、もう一人側にいたようだったね。ユーシスと一緒に来るのはだれかな?…ラインフォルトのお嬢さんか、またはアルゼイド子爵の御息女か…。」

「…さて、どう彼らを迎えようかな…。あの通路を使ってもらおうかな。」

 

 

≪ト―ルズ士官学院≫

「えぇっ!?」(エリオット)
「リィンは、バリアハートだと!?」(マキアス)
「アルバレア公爵家の屋敷にいるのか…」(ラウラ)
「しかも…」(ミリアム)
「ユーシスのお兄さんが…。」(フィー)
「そ、それは…。」(エマ)
「驚きだな・・・。」(ガイウス)

「と、ともかく!そ、そういうことなのよ!」
これまでのわかったことを説明するアリサ。皆に説明しているアリサ自身も混乱していた。

「…大体はわかったわ。…で、ユーシスとクロウは?」
「さ、最終列車ぎりぎりでバリアハートに…。」
サラ教官に聞かれ、答えるアリサ。

「もう…。仕方ないわね…。もう列車はないから、全員寮へ戻るわよ。トワ、付き合ってくれてありがとう。明日はちゃんと休みなさいよ?」
「サ、サラ教官!?」
寮に帰ることを急に言われ、トワは講義の声を上げる。
「大丈夫よ、ちゃんと戻ってきたら連絡するから。あ、あんたんとこに行かせてもいいわよ?」
「あ、そ、それが、一番確実…って、そう言うことじゃなくって…!!」
なかなか喰い下がろうとしないトワ。
「何?」
「私たちは…・」

サラはため息をつきながら、
「あたし達に今できるのは、とりあえず、寝ること。もう列車は無いんだから、仕方ないでしょ?リィンの方へは、ユーシスとクロウが向かってる。アルバレア公爵家は、ユーシスにとっては実家でもあるし、いざ屋敷に入るとなっても、一緒にいるクロウはそんなこと気にしないからね。ま、全然大丈夫でしょ。」
「でも…。」
「はい、そうと決まれば即撤収。ほら、帰った帰った。ちゃんと寝るのよ。」

と、全員をエレベーターへ乗せるサラ教官。

「(ま、どうしてリィンをわざわざバリアハートまで連れて行ったのかというとと、最終列車に駆けこんで迎えに行った2人には、今度本人達にじっくり聞かせてもらうとして、まずはこの子たちをさっさと寮に帰さないとね…)」

「(ちゃんと帰ってくるのよ~。お土産話、待ってるから♪)」

 


≪バリアハート駅≫
「ようやく着いたか…。」
「公爵家はこっちだ。」
と、公爵家の方へ走りだすユーシスとクロウ。

 


≪アルバレア公爵家≫
「ルーファス様、ユーシス様と、もうひと方がバリアハート駅に到着されたようです。」
執事がルーファスに伝える。
「そうか。わかった。」

ソファで寝ているリィンを抱え上げ、客間のベッドへと横たえる。
「さて、そろそろ行くとするかな。」
と言って、リィンの髪をくしゃくしゃっとすると、ルーファスは部屋から出ていった。

 

≪アルバレア公爵家 前≫
「おい、なんでこんなに警備がいんだよ?」
「・・・知るか…。」
クロウとユーシスは屋敷の警備によって入れず、どうしようかと悩んでいた。
「(なぜ、いつもより警備が多いんだ?俺が軟禁されたときよりも多いぞ…。)」

「(ったく、アイツ1人でこんな警備になのかよ…。)」
「…!…おい、抜け道がある。」
「なにっ!?」
「確か、客間へ通じている道だ。…兄上から教わった道だが…。」
と、苦虫をかみつぶしたような顔をするユーシス。


「…へぇ、そうかい。」
と、突然、クロウはユーシスへ2丁拳銃を向ける。
「…なぁ、坊ちゃん。一つ聞きたいことがあるんだが。」


そのクロウの動作に合わせるかのように、ユーシスもレイピアをクロウに突き付ける。
「フン。奇遇だな。俺も貴様に聞きたいことがあるのだが、この状況を考えると、どうやら同じ内容のようだな。」


「あぁ。・・・わかってんじゃねぇか。お前、あいつのことどう思っている?」
「貴様の方こそ、あいつをどう思っているんだ?」


しばらく睨み合う2人。


「「・・・・・」」


「ま、坊ちゃんがどう思おうと、俺は俺で行かせてもらうぜ。」
「ふざけるな。それはこちらの台詞だ。」
また、お互い武器を構えたまま睨み合う。

が、やがて、お互い武器を降ろす。
「まぁ、いい。決めるのは俺たちじゃない。」
「そうだな。あくまで決めるのはあいつ自身だ。」
「その時が来ても、文句は言うなよ?」
「ハン。坊ちゃんこそ、べそかくんじゃねぇぞ?」


「…行くぞ。」
「おう。」

こうして、ユーシスとクロウはリィンを奪還すべく、アルバレア公爵家の客間へ通じる隠し通路へと身を躍らせた。

 

 

≪アルバレア公爵家 客間≫

「~~~!!おい!いい加減どけっ!」
「ってー、な、おめ―こそどけよ!」
と言い争いながら抜け道から出てくるユーシスとクロウ。


「ここは…。」
「さっきも言ったはずだ客間だと。どこにいるんだ…。って、リィン!!」
「なにっ!?」

抜け道から通じていた部屋は、リィンがいる部屋だった。
「おい、リィン、無事か!?」
と、リィンを抱き起こすユーシス。
クロウは、リィンには目立った外傷がないことに安堵しながら、「寝てんのかよ…。」と言う。

「(…なぜ、兄上はリィンをこの部屋に?)」


「ようやく、お迎えが来たようだね。」
と言って、客間へ現れるルーファス。

「兄上!…なぜ、このような真似を!?」
「ふざけてるにもほどがあるんじゃないのか?」
と、いらだちを見せるユーシスとクロウ。

「言っただろう?私は、ただ彼と「話をしたかっただけだ」と。」
「兄上…!」
「それ以上騒ぐと、彼が起きてしまうよ?彼のことを想うのだったら、そんなことはしないと私は思うけどね。」
「……。」
言葉に詰まるユーシスを見て、ルーファスはクロウの方へ向く。

「ユーシスが来るのはわかっていたけど、もう一人が君とは思わなかったな。」
「そりゃどうもだな、理事長様。なんだ、俺じゃなくて女子が来るの思っていたのかよ?」
クロウは喰ってかかる。

「…まぁ、そんなところかな。」
ルーファスは笑ってそれをかわす。
「別に、男が想ったって良いと思うけどな。あんたが弟を想うように、俺はこいつを見てるつもりなんだがね…。」
とクロウ。

「そうか…。彼がⅦ組諸君の重心であるというバレスタイン教官の考えは、本当に間違いないようだね…。」

「…兄上?」
ユーシスがルーファスのつぶやくような言葉に首をかしげる。
その時、ユーシスの腕の中のリィンが身じろぎした。

「うぅん…。」

「!!リィン!?」


「・・・・エリゼ…。」


「「・・・・・・・・・・」」

すぐに反応できたのはルーファスだった。
「はははははっ!まさか、ここで妹御の名前が出てくるとはね…。どうやら、彼は君達よりも、妹御の方が大事みたいだよ?」

「「・・・・・・・・」」
沈黙していた2人は我に返る。


「…だーっ!今までのは全部無駄足って言いたいのかよ!お前はっ!!」
「…、おい、リィン。いい加減起きろ。俺に起こしてもらうとは良い身分のようだな…?」

 


無理やりユーシスとクロウに起こされたリィンは、何故2人がアルバレア公爵家にいるのかロクな説明も受けずに、訳も分からないまま八つ当たりを受け、そしてトリスタへ戻っていった。

その後は、迎えにきたアリサ達に心配され、または怒られながらも第3学生寮へとたどり着いたリィンだった。
(フィー・ミリアム・トワに抱きつかれるリィンの横で、アリサがムスッとしていたのはお約束。)


リィンは、迎えに来てくれた、ユーシスとクロウに、
「あのさ、2人とも。わざわざ迎えに来てくれてありがとな。・・・その、嬉しかったよ。」
と、お礼を言った。

「フン。そうか。今度からは気を付けることだな。」
「まぁ、俺達よりも、可愛い妹ちゃんキャラに迎えに来てもらいたかったんだろけどなー。」
と、不機嫌な2人にまた当られたりもしたが、どうやらそんなには気にしていないらしい。


「(…だって、本当は、あの通路の会話が全部こっちにまで筒抜けだったなんて今さら言えないしな…。2人がどういう会話してきたのかも知ってたし、それにあの状況じゃ、あぁ言うしか無かったから仕方ないと思う…。)」

「なんだ、まだ何かあるのか?」
「いえっ!な、何もっ!」
「ほー、そうか。そうか。お、そーいや、あの屋敷でいったいどんな話してんだよ?お兄さん達に話してみな?」
「だから、何もないって言ってるだろう!」


皆が俺を想ってくれるのは嬉しい。でもこの中から誰か1人を選ぶのは、俺にも、みんなにとっても、とても難しいことだろうと、俺は想う…。

 

[newpage]

『2人の時』
俺、リィン・シュバルツァーが、ユーシスの兄、ルーファスさんによって、アルバレア家に連れて行かれ、クロウとユーシスによってトリスタへ戻ってきてから数日が経った頃。

ト―ルズ士官学院特科クラスⅦ組では、ある問題が生じていた。


・・・それは、ユーシスとクロウの喧嘩である。


4月の頃のユーシスとマキアスのようなギスギスしているものではないので、まだいいものの、
周りから見てもわかるほどに、2人の間では何か有る様子だった。


授業が終わり、クロウとユーシスがそれぞれ教室から出て行った後。
その後をエマとミリアムの2人も付いて行く。

そんな4人を見送って。
「ね、ねぇ…。リィン。あの2人、なんとかならないの…?」
アリサが目でも「なんとかしてくれ。」と訴えてくる。それと同時にラウラとフィーもやって来た。
「あ、あのさ、なんで俺が…。」
「だ、だってあなたがいっつも私達を引っ張ってくれるじゃない…。」
「リィン。そなたのおかげで、私達やユーシスとマキアスの仲が修復されたと言っても過言ではないからな…。」
「うん。だから、お願い。」
ラウラの発言に頷くフィー。

「そ、そう言われてもなぁ…。」

「リィンがなんとか出来ないなら、僕たちでは、もうどうにも出来ないぞ?」
マキアスとエリオット、ガイウスもリィン達の側へやってくる。

「ふぅ。皆さん、すみません。やっぱり、ダメでした…。」
「やっぱりダメだ~。わかんなかったよ~。」
と、エマとミリアムが教室へ戻ってくる。

「だから…、ね。お願いよ、リィン…。」
アリサがもう一度リィンに頼む。

「わ、わかった…。」
「(これは…、とりあえず、引き受けるしかないな…。)」
こうして、リィンは2人にそれぞれ話を聞いてみることにしたのだった。

 

 

「ユーシス!」
まずは、ユーシスを見かけて話を聞いてみよう。そう考えたリィンは、馬術部へ向かってみたが…。
「ユーシス?今日は来てないわよ…?」
と、同じ1年のポーラに言われ、馬術部を後にするユーシス。
キルシェなど、ユーシスが行きそうな場所を探すが、ユーシスは見あたらなかった。

「うーん。クロウも一緒に探して、どっちか先に見つかった方に事情を聞いてみるか・・。」
そうして、学生会館のトワや技術棟のジョルジュなどに聞いてみるが、クロウも見あたらなかった。

「全く…。2人とも、一体どこにいるんだろう…。」
2人の関係は最初の頃から「良い」と言えるようなものでは無かった。でも、最近その関係は悪化。
「(そうだ。あの後、急に…。)」

あの後とは、俺が、ユーシスのお兄さん…。ルーファスによってアルバレア家に連れて行かれた、その後だ…。
「あの時、あの2人の会話…。俺の事を『思ってる』っていや、でもそれは『友人』としてだよ、な…。」
「(いや、『好き』とか、無いよな…。だって俺達男同士だし…。)」

「さて、どこを探そうか…。あ、まだ残ってたところがあるか…。」
旧校舎を、まだ探していない。あそこはⅦ組のメンバーは好き勝手に出入り出来る。

「この間、ラウラ達は3人でまた攻略したって言ってたっけ…。あの2人ならうーん。もしかしたら…。」
リィンは旧校舎へ向かうことにした。

 

 


その頃。旧校舎では、今の段階で行ける最下層にて、クロウとユーシスが互いに得物を持ち、対峙していた。

「…なぁ、ユーシス坊や。」
「…なんだ?」
「てめぇには、聞きたいことが山ほどあるんだが…。」
「…ほう。奇遇だな。俺もだ。」

「お前、あいつのこと、どう思ってやがるんだ?」
クロウはユーシスに2丁拳銃を向けながら訊ねる。
「「どう」とは、どういう意味で訊ねているんだ?」
ユーシスは剣を構えて、アイスブルーの双眸を細める。
「どうは、どうだ。そのままの意味だよ。」
クロウはやれやれという顔でユーシスに言う。ユーシスはほんの一瞬、考えてから、

「アイツは…、大切な『友』だが…。それが貴様とどう関係があるというんだ?」

と答えて、さらにクロウへ質問をする。
クロウはユーシスの返答を聞いて、「へぇ。」と呟くと、
「それだけかよ?そんじゃ、テメェに、あいつはもったいねぇんじゃねぇか?」
と言って、ユーシスを構える銃越しに見る。
ユーシスは、「フン。俺が知ったことか。」という顔で、「用が無いなら、もう行くぞ。」と言って剣を降ろし、さっさと旧校舎の出口へ向かう。

クロウは、「じゃぁ、俺がもらっても文句言うなよ?」と、すれ違い様にユーシスに言う。

「フン。貴様にやれるものなら、やってみるがいい。」

クロウは「お互い、宣戦布告だな。」と笑いながらユーシスが出て行った扉を見る。

「さて、どうしようかね…。・・・・うん?」


どうやら、旧校舎に誰かが足を踏み入れたようだ。

 

 


「えーっと、結局入ってきたけど、・・・誰もいない…?」
リィンは旧校舎に足を踏み入れるが、誰も見あたらない。
「あれ?ユーシス達は、ここにもいないのか…?」
そう言いつつ、エレベーターホールまでやってくる。
すると、いつも目の前にあるはずのエレベーターが無い。どうやら他の階層にあるようで、1階には無い状態だった。
「うーん…。2人がまだここにいるといいんだけど…。」

そう言って、エレベーターを呼ぶ。ほどなくしてやってくるエレベーターには当然ながら、誰も乗っていなかった。
「一体何層にいるんだ?」
仕方ない。行ける層の最下層にまずは行ってみよう。
リィンは、自分のオーブメントを確認してエレベーターに乗り、降りて行った。


「誰が来たのかね…。」
クロウはエレベーターホールでエレベーターを待つ。
すると、
「あ・・・」
「クロウ。」
そのエレベーターにはリィンが乗っていた。

「クロウ!全く、今までどれほど探したと思っているんだ…。って、ユーシスは一緒じゃないのか・・?」
リィンは会うなりいきなりクロウを責める。そしてさらに、今一番聞きたくない名前も、声を聞きたいと想っている相手から出てきた。

「なんか、ムカつくな・・・」
クロウの心の中で何かがざわつく。

「クロウ?…ユーシスと何かあったのか…?」
リィンは、多分自分達のことを心配してくれているのだろう。

「もしかして、この間のことに関係して・・・。」
リィンはおそらく、自分とユーシスの仲が悪くなったのは自分の所為だと感じているのだろう。
…それもあるかもしれない。でも、そうでもない・・・。

自分達が今、こんな関係であるのは、自分の目の前にいる存在に、自分達が…自分とユーシスが同じ想いを抱いているからだ。
さっき、ユーシスは「やれるものならやってみろ」と言っていた。

なら、今は最大のチャンスだ。

「なぁ、リィン。ちょっくら、俺と一緒に探索しねぇか?」

「え?でも・・・。」

「そん時に、ちゃんと話すよ。」


リーダーが心配してくれているのを利用することになるが。まぁ、それはいつものことだからな…。

 


終点

「この層は、なかなかの奴が多いな…。」
クロウは得物をホルスターに戻す。
「あぁ…。2人だと、意外ときついな…。…それにしても…、クロウやっぱり上手いな…。」
リィンは横で軽く息を整えながらクロウを見上げる。
「上手いって、銃か?そりゃ自分の得物だし、当然じゃね?」
ま、本当の得物は違うんだけどな。

クロウが、言うと、リィンはいやと首を振る。
「そりゃ、俺は、銃が使えないから、そう言うのは当然だろ…。…俺が言いたいのは、『戦い方が上手い』ってこと。」

「・・・『戦い方』ね…。(ま、そりゃ『あっち』で大変だしな。…こっちは…、『クロウ』の方は遙かに楽だな…。))」
クロウは内心そう思いながら、リィンの言葉を反復する。リィンはクロウの意味がよくわからず、
「あぁ。いっつも上手いなぁって思ってるよ。・・・クロウは、ポジションとしては後衛になるけど、オーブメントと装備も含めなくても、実際は、俺はともかくとしてガイウスやラウラよりも強いだろ?」
と、クロウをじっと見つめながら言う。

なぜかまた胸がざわつく。
「(また、か…。)」

クロウは、そんなリィンを見ながら、
「ははっ。ま、お前さんはともかくとして、あの2人よりも強いと言ってくれるとは、嬉しい言葉だね。」
と、言って、リィンの頭に手を伸ばす。

「(こいつといると、ほんと、調子狂うぜ…。けど、それがいいのかもしれねぇな…。)」

リィンが妹のエリゼやアリサにやっていたように頭を撫ででやろうかと思ったが、とりあえず、今回は頭をぐしゃぐしゃっとかき回してやることにした。

「何すんだよ…。」
「ま、いいから、しばらくこのままでな。」
「・・・・。」
無言で止めろと目が訴えてくるが、黙止する。
この方が、反応は面白い。

「あ、なぁ、クロウ?そろそろ、さっきのこと、ちゃんと話してくれるんだろうな…?」
リィンはクロウに頭をわしゃわしゃとされながら思い出したように言う。
「さっきのこと?なんか言ってたっけか?俺?」
わざとボケる。

そー簡単に言うかよ。ボケ。

「あのな…。」
リィンに責めらる。言葉でも、彼のジト目の視線でも。

ま、仕方ないか。

「ハイハイ。わかってますよ。ユーシス坊やとのことだろ?」
そう言って、リィンの頭をかき回していた手を離す。

「あぁ…。なんで…」
「なんでって言われてもなー。ま、簡単に言えば、俺とアイツがおんなじだったってことと、それを更に坊やの兄貴にも利用されて腹が立ったってところかねー。」
とりあえずは、答えてやる。リィンを見ると、「は?」という顔だ。

「あのさ、全然簡単じゃないから。…だから、どういうことだよ?」

わからないらしい。しかも、全然。
自分とユーシス、おそらくアリサもだろうが、自分達の想いをこいつはどうやら全然わかっていないらしい…。

・・・だからアリサや、実の妹にも「朴念仁」とか言われんだな。


「(・・・全く。どうして俺はこんな奴に惚れたんだかね…。)」

「な、なんで笑ってんだよ!?俺は「どうしたのか」って聞いてるだけだろ?」
リィンが慌てる。

どうやら、いつの間にか笑っていたらしい。
そしてどうやらこの朴念仁には、口で説明してもわからないようだ。
あっちは好きにしろって言ってたし。それにこの様子じゃ、まだ会ってもいないんだろうな。
この勝負は俺の勝ちのようだな、坊や。

「ったく、しゃーねぇーな。・・・教えてやるよ。」
「…は?って!!っ!!!」

リィンはクロウに抱き寄せられ、唇を塞がれる。

「~~~~!っ!」

クロウの突然の行動に驚いたリィンはなんとかクロウから離れようとするが、クロウには全く離れる気が無い。
しばらく、クロウはリィンの唇を喰らい、舌を絡ませてはリィンの反応を楽しむ。

ようやくクロウがリィンの唇から離れるとリィンは「何が、あったんだ…?」という顔をしていた。
「っ、はぁ…。ク、クロウ…。…何を・・。」

「…だから、言ったろ?『教えてやる』って。・・・なぁ、リィン。お前、もうちっと、気を付けておくべきだな。」

「『教えてやる』って…。気を付けるって…何にっ!?」
リィンはまたクロウに口を塞がれる。

「(だから、こういうことを、だよ。…この朴念仁め。)」

・・・俺は離してやったりはしないからな。

クロウはリィンを押し倒し、彼を外に見えないように、または何かから守るように覆いかぶさった。
「お前を大切に想うよ、リィン…。」
もう、この『時』は誰にも邪魔をさせない。絶対に。

 

[newpage]

『俺とお前と』

見るんじゃ無かった…。

ユーシスは旧校舎のエレベーターに1人最下層から地上へと向かいながら、先ほど目の前であった光景を見てしまったことを後悔していた。

 

 

ユーシスはクロウと別れた後、他の層で腕が鈍らないようにしようと思い、1人でもちょうどいいと思う層で降りた。しばらく体を動かしそろそろいい頃かとなったので、地上へ戻ろうと思いエレベーターホールに戻る。すると、自分が最後に乗って来たはずのエレベーターがいなかった。
クロウが先に学院の方へ戻ったのかと思ったが、そのエレベーターは下から上がって来たのだ。

「誰か来たのか…?」

もし、クロウが学院の方へ戻ったのであったらエレベーターは上から下りてくるはずだ。しかし、下から上がって来たということは、誰かが下りて行ったのだろう。・・・こんなところまで、わざわざ来るのは1人しか思いあたらない。

「あの、阿呆が…。」

おそらく、アリサ達に頼まれて自分達を探し、自分とクロウの仲をなんとか取り持とうと思って来たのだろう。
…自分達が、他のメンバー達を心配させているのはわかっている。
先日の自分の兄、ルーファスによる一件が更に大きく自分達の関係を悪化させるきっかけとなった。それまではそんなに仲がいいとも言えるような関係では無かったが、ここまででも無かっただろう。
でも、これだけは譲れないという想いからクロウとは対立していた。5月の頃までの自分とマキアスのようなものではない。どちらかというと、フィーが猟兵団にいたと知った後のラウラとフィーの関係に近いかもしれない。

「さて、どうするか…。」

リィンが本当に下の階層に降りたのなら、追ってもいい。だが、基本的にここはⅦ組のメンバーなら入って来られるのだ。

「…あの2人が来るとは思えんが…。万が一というのもあるな。」
あの2人とは、フィーとミリアムの年少コンビのことである。ユーシスにとっては天敵とも言えるような2人が来ると大変なことになりかねない。だが、その2人は部活に入っているので、その2人が来るよりもリィンが来ている確率の方が高いだろう。

「仕方ない。行ってみるとするか…。」

クロウに会うかもしれないということを考えると、正直行きたくはないが、この際仕方ない。
そう考え、今行ける層の最下層に降りてきた。
そしてその層に足を踏み入れた時。
「…うん?魔獣の気配が少ない…?…数が少ないのか…?」
前にリィン達と一緒に入った時に比べて数が少ないと感じたユーシスは疑問に思いながらも先へと進む。


しばらく進んでみると、全く魔獣がいないルートとそうでないルートがあることがわかった。
やはり誰かが来たのだろう。おそらくは2人以上で。
ユーシスがもう少しで終点に着くとき、その先の終点の方からわずかだが人の気配がした。

そして同じようにわずかではあるが、太刀の空を切る音、そして・・・・
「銃声…。」
おそらく、クロウの2丁拳銃だろう。同じ2丁の銃を扱うフィーのと、マキアスのショットガンの音とは違う音だ。そうなると、残るのは1人、クロウしかいない。

「・・・・・。」

ユーシスは様子を見るために、終点の方へと駆けだした。


その時に、このまま引き返しておけばよかったと、後になって思う。
そうしていれば、今、このような想いに駆られることは無かっただろう…。


クロウに押し倒されたリィンと、そのリィンの上に彼を守るかのようにいるクロウ。
2人が何をしているのか、遠目でもわかった。
リィンは今の状況に付いて行くのが精一杯なのだろうが、クロウはこちらの気配に気付いているようだった。

「・・・・。」

2人の様子を見ていることは出来ず、来た道を駆けもどっていく。


・・・・・・・・・・・・・・・・


旧校舎から出てきたところまでは、覚えている。
その旧校舎の前にあるベンチに座ったのも。

だが・・・・。

「…ん?ユーシス、気付いた?」
「・・・なっ!?」

目の前に、一体いつ来たのか全くわからないが、フィーがいたのだった。
ベンチの上にちょこんと座るフィーの膝の上に、ユーシスの頭はあった。

「な、なぜ…。…俺は…っ!?」
慌てて起き上がる。

「んと、落ち着いて。…ユーシスがそこから出てきたところに、ちょうど私も居たの。」

…そうだっただろうか…?
旧校舎から出た記憶…。いや、旧校舎から出てきたのは覚えているが、どうやって出てきたのかなどは詳しく覚えていない…。
…そんな状態ではフィーがいたことに気付かないのも当然か…。

「…で、なぜお前はここにいたんだ?」
と言ってフィーを見る。
フィーは、「うーんと、昼寝場所探しで?」と首を傾げながら答える。もちろん、語尾も疑問形だ。
「なぜ、疑問形なんだ・・・。」
「べつに、いいじゃん。・・・で、ユーシスは?どうしたの?」

「俺は・・・。」

なぜだろう、ものすごく胸が痛い。

「・・・・俺は…。」

言葉が出てこない。自分は、リィンと…。
『リィンをどう想っているから…?』それが答えになるのだろうか…。

「・・・・・・・。あのさ、ユーシスって、リィンの事、好きなの?」

「…!?」

突然のフィーの言葉に驚く。
フィーはそんなユーシスの反応からわかったのか、「ふーん。モテモテだね。リィン。」と笑っている。
微笑むような、でもちょっと苦笑しているような。そんな笑い方だ。
「わたしも、リィンの事、好きだよ?」

「・・・・っ。」
言葉に詰まる。何も、言えない。
だが、フィーは言葉を続ける。

「それは、みんなも同じ、だと思う。クラスメイトとして、友人として、仲間として、『当然に』さ。まぁ、アリサとかラウラはそんな感情だけじゃないとは思うけど…。」

「お前は、どうなんだ?」

それしか言えない。
そんな今の自分がくやしい。
なぜかはわからない。でも、悔しいとしか思えない。

「わたし?…うーん。・・・ユーシスはさ、わたしが≪西風の旅団≫にいたことは知ってるよね?」
「あぁ。…だが、それと…。」

「…むっ。・・・だまって聞いて。…わたしは、リィンのこと好き。でもそれはアリサやラウラ、ユーシスの『好き』とは違う。…うーん。なんだろう…『家族』としての愛情?みたいなのかな…?リィン、なんかお父さんみたいだし…。」

…フィーがこんなに長くしゃべるとは思わなかった。
「『家族』として、か…。」
そう言うと、フィーは嬉しそうに「うん」と頷く。
「リィンはね、団長に似てるの。雰囲気がだけど…。それで、側に居て、なんか落ち着くなって…。」
「…それで、好きなのか…。」
「うん。そだよ。もちろん、Ⅶ組のみんなのことも家族。だから好き。あ、ユーシスのことだって、ちゃんと、…好きだよ?」

「…だから、なぜ疑問形になるんだ…。」
と言うと、フィーは「さぁね?」と言って、スッと立ち上がる。

「リィンはさ、自分の幸せとか、考えてなかったりするんじゃないかな?・・・だから、自分がそんな考えでいる間は、「誰かを選べない」っていうのもあるのかもね…。」

「フィー…。お前…。」

フィーはうーんっと、伸びをすると、「じゃ。」と言って、本校舎の方へダッシュで戻って行った。

フィーがあんな風に言うとは思わなかった。おそらく、アリサやラウラ、エマなどの発言をそのまま持ってきたのかもしれないが、彼女の言葉もその中には間違いなくあった。

「(フィーは、自分は『家族』として、Ⅶ組が好き。リィンは旅団の団長と同じ雰囲気だから気になっている。・・・か。)」

アリサやラウラがリィンに好意を寄せているのは知っている。エマも好意は持っているが、別の意図もあるようだが、絶対に嫌いというのはあり得ない。ミリアムもリィンに懐いているし、生徒会長やログナ―先輩、サラ教官もなんだかんだリィンに好意を寄せているのだ。
男子だってそれは同じ。フィーも言っていた、「仲間として友人として『好き』なのは当たり前だろう」と。 
クロウも同じか。たまたま、その『好き』という感情が自分と同じようなものであったということであるのだ。

「(リィンは『選べない』…、か。おそらく、あの『力』についても関係しているのだろうな…。)」


・・・確かに、リィンに「自己犠牲」という考えがあることは確かであり、その点から見て危ういところは多い。会った頃に比べたらそれは少なくなってきたが、それでも時々危ういと思うことはある。以前、バリアハートでの実習の時に自分も指摘した点だ。
レグラムでラウラの父、アルゼイド子爵との手合わせの時、「力を乗り越える」とリィンは言っていた。自分達はそれまで、あんな物をリィンが1人で秘めていたのは知らなかった。

「俺達が、あいつの『力』についての秘密を共有するには、まだ頼りなかったのだろうな…。」

・・・ならば、俺は、あいつに頼りにされるようになるしかあるまい…。


そう考えたユーシスは、旧校舎を一瞥すると、本校舎の方へと戻って行った。

 

そんなユーシスを見守っていた影があった。
その影は2人。

「・・・ね、ねぇ、ラウラ?私は、べ、別にリィンのことを、と、特別な想いでなんて思ってなんかいないからねっ!?」
「な、なぜ、そんなことをいきなりいいだすのだ?アリサ。・・・それにしても、まさかフィーがあんな風に言ってくれるとはな…。」

ユーシスとフィーのやり取りを、全て聞いていたアリサとラウラ。
彼女たちは、フィーの「アリサとラウラも、ユーシスのと同じ」という発言にお互い慌てたりもした。
そして今、また思い出したりもしているのだが、顔を見合わせ、ふふっと笑う。

「…えぇ。Ⅶ組は『家族』ですってね…。…なんだか、聞いていて嬉しかったわ…。」
「…フィーにそう感じてもらえるようになったのなら、良かったと思う…。」
「全く、こっちは一時期はどうなるかと思ってヒヤヒヤしたのにね…。」
「それは、こちらも同じだが?4月の実習があるまでは・・」
「あぁぁーっ!!も、もう、それはいいでしょうっ!?」
「ふふっ。・・・リィンはどうするのだろうな?」

ラウラの言葉にちょっと表情が暗くなるアリサ。
「私たちがどう思おうと、それを最後に決めるのはリィンよ。…私たちはほんと、…どうすればいいんでしょうね?」
しばらく間を空けてから、アリサはそう言って、空を見上げる。
ラウラもアリサに習って空を見る。

「…確かに、そうだな。我らが何と言おうと、決めるのはリィンだ…。…アリサ。どんな結果になろうと、お互い後悔せぬよう、こればかりは、私も本気で行かせてもらうぞ?」

ラウラはそう言ってアリサを力強いまなざしで見る。
ラウラの宣戦布告を受けたアリサは、

「えぇ。お互い、ベストを尽くしましょう。」

と言って、ラウラを見る。

ここに、女子の間でも熾烈な戦い?が始まろうとしていた…。


「でも、まずは、あの朴念仁をなんとかしないと、話が進まないわね…。」
「…。それは同感だな…。さて、どうするか?」
「フィーがユーシスをけしかけてくれたみたいだし、まずは様子見よ!」

「(あれで、本当にけしかけていたのだろうか…?)」

ラウラはアリサの言葉に首をかしげた。

その直後、2人は旧校舎から出てきたリィンに「2人とも…、そんなところで何してるんだ?」と、見つかり、パニックになったのだった。

 

 


その日の夜。
第3学生寮。

リィンの部屋の前。
ユーシスは、このままノックをしようか迷っていた。
まだ、心が定まらない…。

クロウには、リィンは自分にとって大切な『友』だと言った。
『友』。それだけだろうか? いや…それだけではない。…違う感情もあるのは確かだ。

ただ、それをどう説明すればいいか、わからない。それだけ。

ガチャッ。

ふいに、目の前のドアが開く。
「ユーシス?こんなところで何してるんだ?」

リィンが目の前に居る。

「部屋、入ってもいいか…?」
…言葉が出てこない。

「あぁ。ちょっとちらかってるけど、どうぞ。」
リィンはユーシスを部屋に招き入れる。


昼間、見てしまったものがユーシスの目の前に浮かんでくる。

リィンは、クロウを受け入れたのだろうか…。

リィンの部屋に入る。
だが、その足もすぐに止まる。
リィンの顔をまっすぐ見られない。今日はいつもと違ってこのままだと、いろいろと表情に出てしまいそうだ。

「?ユーシス?どうしたんだよ?具合でも悪いのか?最近、なんか全然話していなかったし…。まさか、本当に具合が悪いんじゃ…」
と言って、顔色をうかがってくる。

「さっき、旧校舎で…。」
俺は、これしか言うことが無いのか?

「旧校舎?あぁ、確かにさっきユーシスとクロウを探しに行って…」
旧校舎と聞いて、話始めるリィンだが、聞きたくない名前が出てくる。

「…っ、クロウと、何をしていたんだ…?」
こんな質問をして何がしたんだ俺は…。

「へ?何してたかって、レベル上げ…。」
「・・・は?」
「えっ…。…だから、レベル上げだよ。えーっと、最近、帝国解放戦線とかとさ、闘うことも増えたり、厄介な敵も増えてきただろう?だから特訓も兼ねてさ…。」

本当に、レベル上げか…?

「では…、なぜアイツとあんな格好になっていたんだ?」
「アイツってクロウか…って、なんだよその顔はっ!?って言うか、ユーシス…、まさか見てたのか…?」

リィンが驚く。

「ほう。どうやら、何かレベル上げ以外のこともしていたようだが・・・?」

「え、あ、あの…、た、確かに、押し倒されたりとかしたけど!っていうか、俺達男同士だし、そんなこと…。」
「押し倒されて?で、その後は?」

そういえば、その後のことは俺も知らなかったんだな…。
クロウがリィンを押し倒しているのは見たが、それ以降は見ていないのだ。


「・・・・え、えっと、その後は気絶させられて…。俺もわかりません…。」


「何?」
リィンの口から思わず、「何だそれはっ!?」と、怒鳴ってやろうかとも思うような言葉が出てきた。

「お、俺も気を失ってたから…、はずかしいけど、何もお、覚えてません…。」
「アイツにそう言えとか言われたんじゃないだろうな?」

「ち、違うって!!で、気を失ってて、目が覚めたらそのまま終点で寝っ転がってたから、近くにあった転送装置を使って地上に戻って来たんだよ…。そしたら…。」

「…そしたら?」

「…な、なんでそんな風に起った口調になるんだよ…。そしたら、出口のところにア、アリサとラウラが居て…。」

「何?」
アリサとラウラがいただと?あの時、旧校舎から出た直後から俺が学院の方へ戻る間、フィー以外誰も見ていないし、会ってないぞ…?・・・まさか。

「・・・聞かれていたのか…。」

「は?」
思わずつぶやいた言葉にリィンが首をかしげる。

「・・・お前には関係ない。こちらの話だ。」
まぁ、フィーが居たことに気付かなかったのだ、あの2人のことを気付かなかったのは自分の落ち度であるのは確かである。

それよりも今は…。

「なぁ、リィン。お前はクロウをどう想っているんだ?」

「ど、どうって、先輩…。今はクラスメイトとして大事な仲間と思ってるよ。」

「大事な仲間か…。・・・リィン、俺のことはどうだ?」

この質問の意図が読めないのであろうリィンはえっという顔で、
「ユーシスだって、ずっと一緒に過ごしてきたのもあるし…、俺にとっては大切な仲間だぞ?」
と答えた。

これが、こいつの答えなのか。

なら、俺は…。

「俺はな、リィン。お前のことを大切に想ってるぞ。クラスメイトという友としてだけではなく、な…。」

「え…?」

驚くリィン。

そんなリィンに歩み寄り、抱きしめる。

「俺は、お前のことが好きだ。大切に想う。でも、一番は・・・、俺は、お前を支えたいんだろうな。」

「・・・支える?」

そう。自分はリィンをパートナーとして支えてやりたいんだと思う。
リィンが、自分の『力』を恐れているのを、彼の秘密を、彼自身を全て受け止められるようなパートナーとして側にいたいのだ。

「あぁ。前にも言ったはずだ、お前は自分のことを省みない。そんな奴には側で見張る者が必要だろう?俺がその立場になってやると言っているんだ。感謝しろよ。」

「・・・ユーシス。」

自分が我がままを言っていることはわかっている。
でも、この想いは本物だ。

リィンは目を閉じて、ユーシスの背中に手を回す。

「…何と言うか、その、ありがとな…。嬉しいよ…。」

リィンの言葉に答えるように、ユーシスはリィンを抱く腕に、力を込めた。
・・・でも、そうすることで何かが壊れてしまわないように優しく。

「(絶対に、離すものか…。)」

この時、ユーシスは胸のもやもや薄れ、すっきりしているということにまだ気付いていなかった。
・・・まだ、ある問題を除いてだが。

 

 

 

その後。
そのままリィンの部屋で過ごすことにしたユーシスとリィンの会話。

「アリサとラウラには何か言われたのか?」
「え、えーっと、アリサには朴念仁って言われたんだけど…。なんでかなぁ…?」
「・・・・・それはアリサに同情するな。」
「へ?どういう意味だよ?」
「どうもこうも、そう言う意味だが?」
「…あの、全然意味がわからないんですけど…。」
「まぁ、いい。お前はそのままで居ろ。いや、それも問題か…。」
「どういう意味なんだ…?」
「そういえば、バリアハートでは兄上とどんな話をしていたんだ?」
「い、いきなり話が変わるな…。えっと、ユミルの話かな…。」
「温泉郷ユミル。お前の故郷か。」
「あぁ。えーっと、あ、子供の頃の話もしたな。」
「それはお前のか?」
「うん。あ、あとユーシスのもルーファスさんから聞いた。結構、可愛かったんだな、ユーシスの子供の頃ってさ。」
「・・・・・お前の子供の頃の話もしろ。」
「えっ!?な、なんで!?」
「当然だ。兄上から俺の話は聞いたのだろう?お前は俺の幼少の頃のことは知っているが、俺はお前の幼少の頃は知らん。それに、兄上が知っていて、俺が知らないのはなんだか不公平だ。」
「な、なんで不公平に?っていうかそんな理由で…。」
「それはこちらの事情だ。いいから、さっさと話せ。」
「わ、わかったよ…。俺が覚えてる限りのだからな?」
「フン。それで構わん。」

その翌朝、満足気なユーシスと、その一方で、精魂尽き果てたという感じのリィンがトリスタ市内で見かけられたとか。


 
 

 

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